2018年08月11日

非核化はいつ?

 今日からお盆休みが始まる。どうやら私どもとお付き合いのある会社は、今日11日から15日までの休日だ。この数日はどんよりとした天気で気温もさほど上がらない。ここ数年続いている8月の残暑は今のところその気配はすらない。やはり8月いっぱいは、暑いほうがいい。
 先日、7月に100年をい迎えた会社の副社長かお越しになり、ご挨拶をされていった。弊社も創業106年経過したが、100年以上続けてくることは、並大抵のことではない。業態も少しづつ変え、時代の変化に適応せざるを得ない。特にこれからの10年は、世界の様々な情勢や日本の国際的立場や経済情勢を考えると、不確実そのものである。東京オリンピック後の景気動向をあまり良い予想する人は少ないのも事実だ。
 6日、9日の行われた「広島平和記念式典」「長崎平和記念式典」には、今回は国連のグテーレス事務総長が長崎の式典に参加され、原爆の犠牲になった方々や高齢化した被爆者やその遺族の方々の多くの苦しみを式典を通して世界に発信している。 
 国連の核兵器禁止条約成立から1年余り、122か国が参加し、条約参加を強く求める声が世代を超えて改めて高まっているにも拘らず、国連での日本政府の姿勢はアメリカ、ロシアと同じく不参加である。世界的に注目されている北朝鮮の核保有問題を契機に、非核化についてそろそろ人類の足並みをそろえる時期に来ているのだと思うのだが・・・・。
 
posted by あうる at 09:06| Comment(0) | 事件

2018年05月31日

実りある未来を求めて。

 私がインターネットを活用し始めたのは1996年。46歳の時でした。Windows 95 が世に出た翌年です。世の中がアナログからデジタルに大きく舵を切り始めました。’90年代中頃からグローバルにパラダイムシフトが始まり、価値観も変わり始めました。所謂、世紀末現象です。
 あたかもミレニアム(2000年)が新時代到来かのように21世紀に向けて、今思えば、世界中が「期待と不安」で混然一体となっていたような気がします。正確には新世紀の始まりは、2001年いうことになりますが・・・・。
 ’90年代のバブル崩壊からの失われた10年を経て、その後、サブプライムローン(米住宅ローン問題)を引き金に、2008年のリーマンショック、翌年から世界大恐慌と続きました。その間の10年を含めて、2011年ころまでが「失われた20年」と言われてきました。
 一時、自民から民主党政権も変わりましたが、東日本大震災、福島原発事故後に敢え無く政権崩壊。自民党政権後は、熊本大震災と大災害、更にはモリカケ問題等々、北朝鮮問題と試練が続く安倍政権。課題は山積しております。
 アベノミックスを掲げた現政権は、ようやく若干のインフレ傾向にはあるものの、道内における景況感は依然として停滞気味。相変わらず個人消費は浮上しません。
 団塊の世代がここ2〜3年で実質的引退をしてから、少子化もあいまって生産年齢人口は激減。あらゆる企業で人手不足感を醸し出しております。その結果、事業承継については、北海道は70%以上の企業は後継者がおらず、廃業・倒産、M&Aと、事態は深刻です。
 さて、こんな時代を如何に乗り越えるか・・・・。わが社も若い世代と共に日々知恵を絞っておりますが、白いキャンバスにいくら立派な絵を描いても、現実とは遠いものになってしまいます。実りある未来を実現するためには、柔軟に強かに、日々決めたことをコツコツ粘り強く実行することが不可欠であろう思います。

 
posted by あうる at 08:37| Comment(0) | 事件

2018年05月17日

ジャーナリストの役割は・・・・。

 「サンデーモーニング」のコメンテーターのとして知られる岸田成格氏が亡くなった。ここしばらくテレビで見かけることもなくなり、病状が悪化しているのでは・・・・と気になっていた。大変残念である。
 ジャーナリストの方も様々なタイプがおられる。客観的事実だけを述べる正統派の記者やアナウンサー・タイプ、コメンテイターと呼ばれる番組の路線に沿って自分の見解を伝える評論家等々や何人かのコメンテーターの意見をまとめるアンカーマンと言われる方々。
 「プライムニュース」メインキャスターを務めていた反町理氏がつい最近、番組を降板。私は、番組始まったころからのファンの一人で、降版の事実のほどは詳しく知らないが、朴訥な風体で、歯に衣を着せない鋭い舌鋒が良かった。それだけになんとも悔やまれる。
 「報道ステイション」コメンテーターをされている後藤謙治氏も大変鋭く明快な発言をされる方だが、年齢は私と同世代で、話す内容に大いに納得できることが多い。ただしネット上での書き込まれ方は、決してよろしくない。やはり、多数の賛同者を得るということは、同じだけ反論者もいるわけだ。どっちつかずの風見鶏的な発言をしていれば、いずれ視聴者や賛同者から見破られる。
 いずれにしても客観的事実は一つで、異なる視点による真実は複数にわたる。新聞社、キー局の見解の違いによる真実は様々であろう。その意味でメディアの役割は、より客観的に事実を正確に報道し、読者・視聴者に考える上での材料を与えるべきなのであろう。まかり間違っても、主観的な感情論が公の場でまかり通ってはならないと思う。
posted by あうる at 12:01| Comment(0) | 事件