2017年02月28日

15年ぶりの電話。

 今年の2月は例年になく慌ただしく過ごした。とは言え、思いのほか楽しい出会いもあった。加齢による様々な症状や衰えはした仕方ないとして、やはり前向きに動かなければ新しい発見もない。その意味で、少々老骨に鞭打っての1カ月ではあったが、充足感も多々あった。
 月初めに15年ぶりにお電話をいただき、札幌のホテルで某氏にお会いすることになった。ホテルのロビーで所在無げな熟年の紳士。一瞥しただけでI氏であることが分かった。私と違ってあまり年を取っていない。白髪が増えただけで、表情はむしろ当時より明るい。
 実は1週間前に同じホテルで会う約束をしたときは、私の手違いで会うことができなかった。そのこともあって本人と確認できたあとは、平謝りに謝り、恐縮しっぱなし。にもかかわらず、I氏は笑顔で向かい入れてくれた。本当に感謝!
 その後、2時間近く歓談。本題の出版の話になった。思えば、I氏を紹介していただいたのは、書店チェーンのT社長。その社長が昨年亡くなった。3人は、ほぼ同世代。団塊の世代である。I氏は様々な職歴を積まれ、現在はコンサルタントを営んでおられる。今回の出版は、ご本人の集大成であり、経営に携わる方々へのメッセージでもある。
 全道を網羅し、地方からかの発信に拘り続けてきたI氏のお話を聞きながら、「皆それぞれの事情を抱えながら、でも平然と何事もなかったように日常を過ごしている。」某作家が言った言葉を思い出した。今日で、2月が終わる。ブログを書き始めてから最も書く回数が少なかった2月だが、悲喜こもごも久しぶりに、充実していた月だったかもしれない。
 
posted by あうる at 07:57| Comment(0) | 出会い

2016年09月24日

北海道久成会・9月例会は盛会裏に!

 昨日23日の北海道久成会・9月例会には、鹿児島久成会のメンバー斎藤会長ほか8名にご出席いただいた。台風16号の影響もあり、来道が危ぶまれたが、前日22日に無事到着。サッポロビール博物館を見学されたあと、18時から久成のひ孫にあたる大山登規子さん、田中和夫氏をはじめ久成会の役員7名にご出席いただき、歓迎の会食会を行いました。
 11年前の久成像建立以来の方もおられ、懐かしさと時の流れの速さを改めて感じたひと時でした。会場となったサッポロビール園には、台風明けの肌寒い黄昏時にもも関わらず、多くの観光客であふれおりました。札幌の秋の始まりもやはりビールが似合っているのかもしれないっと思った次第です。
 翌日23日は久成像建立記念日です。11年前の9月23日、小雨降る中、知事公館前庭で除幕式がしめやかに行われました。出席者は、北海道知事になって間もない高橋はるみ知事、鹿児島県知事、市長、大山登規子さん、胸像製作者・中村晋也氏ほか150名を超える方々。
 その翌年から9月23日は久成像・清掃の日と決め、毎年欠かさず清掃を行い、夕方から例会を行ってきました。久成胸像期成会を結成し、建立場所を模索していたころの会長木原直彦氏、「残響」の作者田中和夫氏ほか当時の会員のほとんどは11年経過した今も意気軒高。
 清掃後の例会には、鹿島久成会の会員の皆さんが加わり、総勢48名の合同例会。11年前の熱く燃え滾った当時が蘇り、交流会は大いに盛り上がりました。そのあとは勿論、ススキノの巷へ。11年前と同じお店で楽しい2次会を過ごしました。鹿児島の皆さん、お疲れのところお付き合いいただき、ありがとうございました。
posted by あうる at 22:17| Comment(0) | 出会い

2016年03月14日

新時代のアーティストとアスリートたち。

 東日本大震災以来、アーティストとアスリートたちのとてつもない力を感じる。'60年安保以降、日本でもアメリカの反戦歌やメッセージ性の強いフォークソングが多くの若者たちの心をとらえ、日本でもシンガーソングライタ−によるオリジナルフォークソングが一世を風靡した。
 '70年代に入るとフォークやニューミュージック・ブームに拍車がかかる。テレビコマーシャルの時流に乗り、時代を象徴する様々なメッセージソングが現れ、当時の若者たちの心象風景を表現した。
 '70年代の団塊世代のアーティストたちが創った潮流の影響を受けた新時代のアーティストたちは、東日本大震災以来、被災者の方々の元へ積極的に出向き、心の支えとなり、励まし続けているのだ。
 大リーガー等の世界的なアスリートたちの影響もあり、日本の様々なアスリートたちも新たな役割を果たし始めた。震災を機に日本の若者たちに、いよいよスイッチが入ったのだ。間違いなく新しい出会いが始まっている。かつての若者としては、ほんとうに嬉しい。
posted by あうる at 06:32| Comment(0) | 出会い