2017年09月24日

時間は戻らない。

 豪栄道が本割、優勝決定戦と負けてしまった。相撲ファンとして「がっくり!」している。数日前の<戻ることができない一瞬>を思い起こしながら、悔しくて、悲しくて、泣きたくて「あの時、勝っていれば・・・・」と、ついつい時間を戻してほしいと思う。  
 相撲を見ながら「あの時という時が存在したなら・・・・」。そんな馬鹿なことを取り留めもなく考えてしまうこと自体、私自身かなり焼きが回っているのかもしれない。
 つまり麻雀でよく言われる「あの時振り込まなければ、トップだったのに・・・・」との慣用的なフレーズは、今現在を否定することになるという自明の事実。いまだかって過去と未来は、目の前に存在したことがないことを思えば、時間を止めることも過去を修正することもできないことは、当然のことなのだが・・・・。
 悔しさや悲しみは、時として怒りの感情に変わったりすることはよくあることだが、本当の意味でそのことを実感している人は、当事者なのであろうが・・・・、でも、やっぱし私は悔しいね。

posted by あうる at 18:43| Comment(0) | 来し方行く末

2017年09月16日

自問自答!?

 最近、様々な情報が私の中に飛び込んでくると、ついついその情報が引き金になって、自分を含め、私を取り巻く人たちの「来し方行く末」を思い巡らす。その結果、思い過ごしかもしれないが、それぞれの人がそれぞれの事情を抱え、思うようにならない日々を送っているとの思いを一層強くする。
 老化現象というには、少々自虐的過ぎるし、当然至極といえばそれまでだが・・・・。ゴールがぼんやりして見えない時と、明確に見え始めてきた時とでは、こうも見る視点が変わってくるものなのか・・・・と思ったりもする。
 かつての皮相に流れていた自分の視界を愚かしく思ったりするが、年相応に出会いと別れを繰り返しているうちに、そのプロセスの中で誰もが気づかされることなのかもしれない。と半ば自己肯定する。そうでもしなければ、私自身が前向きになれないからだろう。
 何か妙にまどろっこしい言い方になってしまったが、ひょっとしたら悔いの残らない選択など存在せず、時折自省的に「はたして自分にとって最も面倒で辛く思える選択をしてきたのだろうか・・・・」と自問自答することで、かろうじて納得の日々を送れているのかもしれない。
 
 
posted by あうる at 10:33| Comment(0) | 来し方行く末

2017年08月20日

盆に集う。

 虫の音が聞こえてくる今日この頃だが、残り少ない夏の名残を味わいながら、心地よい暑さを満喫している。数日前、2年ぶりに八王子から来札した姉夫婦と墓参りを終え、3兄弟3夫婦が会食する機会を得た。
 それぞれが年々、体調を崩しながらも集まることができた。そのことが何よりも嬉しい。姉や兄の70年以上前の当時の話や破天荒な生き方を貫いた父のエピソード等々、7〜8歳年上の姉兄の話には今の時代では考えられない体験なのである。
 私の記憶と重なる個所と全く2人しか分からない両親のエピソードや特に父の知らぜざる事実については、驚くことも多々あった。父は自ら過去のほとんどを語らなかったことを思うと、あまりに波乱に満ちすぎ、常識を逸脱していた過去を振り返りたくもなかったのであろう。
 姉と兄の話を聞きながら、かつて父のことがこれほど楽しく、誇らしげに語られたことがあったろうか・・・・。裕福と極貧の両極端な家庭を味わった幼少期を体験し、母の苦労を目の当たりに見ていた姉と兄は、昨日は過去に聞いたことがないほど父と母のエピソードを饒舌に語る。
 一夜明けて、45年前に63歳で逝った父と11年前に亡くなった母への供養になったかもしれないと勝手に思う次第である。それにしても一番苦労を目の当たりににしていたのは、誰よりも母だったろうと思う。
 
posted by あうる at 17:03| Comment(0) | 来し方行く末