2018年09月24日

お彼岸の墓参りで思う。

 昨日の秋分の日は、体調を崩し休養にあてた。お彼岸の期間も半ばということで、今日は北海御廟の我が家の墓まで女房と墓参り。山の中腹にある墓の大半は何事もなかったように、まるで札幌市街を眺めているように整然と立ち並んでいる。恐らくこの周辺は岩盤がかなりしっかりしてるのだろうと思う。
 何事も起きないときは、誰しも特に不安に駆られることもなく、日常を過ごしている。10年程前までは本州各地で噴火による被害、大地震、津波や暴風雨での土砂災害が起こり、多くの被災者が出ても、特に身近に感じられなかったが、最近は他人事ではないと世界中の多くの人たちが思っているであろう。
 最も心配されている地球温暖化の問題、世界中で起きているテロ事件と思うと、とても遠い世界のことではないと思わざるを得ない。確かに多くの人たちは、被災地の方々へ物心での支援をするが、ほんとうの意味で理解者にはなり切れないのだと思う。仕事や家屋、更には家族、故郷を失った方々の喪失感に共感できても、あくまでも第3社者としか寄り添えないのが、悲しいかな現実なのだと思う。
 この度の「胆振・東部地震」の影響は、震源地に近い地元として、強い衝撃を受けた。私の家の周辺でも、居住危険地域として指定されたり、近くの霊園の墓石が倒れており、あらためて立地条件の良し悪しが問われる。とはいえ、50年以上にもわたり何事もなかった地盤が、その後の環境の変化で徐々に変貌していたとしても、地域の方々は予想はつかない。
 その意味で、私自身もあらゆる継承について、次世代のために安全性を含めて、じっくり考えて行きたいと思う今日この頃である。
 
posted by あうる at 14:11| Comment(0) | 来し方行く末
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