2022年12月28日

今日で仕事納め。

 弊社は今日28日午前中で、仕事納めである。正確には2年8カ月にわるコロナ感染下で、世界や日本も、そして公私の環境や人とのお付き合いも、あらゆる面でその関係性を変えざる得なかった。
 
 100年振りのウイルス感染禍は、当時も収束迄に3年以上を要したが、やはりワクチンや特効薬も大事であるが、人類の難敵に立ち向かうが如き気構えが、何よりも大事なのであろう。今回のコロナ感染は、3年経過しても終息するどころか、未だ収束の兆しも見えない。 
 
 世界の国々では、「コロナ何するものぞ!」とばかり、戦う姿勢が随所に見受けられる。戦時下のウクライナ然り、サッカーのワールドカップの試合を見ていても、マスク着用者はほとんど見られない。南米、欧米人のあの大胆さを見習わなければなるまい。

 世界中に勇気を与えてくれたワールドカップ。とりわけ日本代表の活躍は、日本中を歓喜の渦に巻き込み、世界を驚かせた。何事も引いて守るのではなく、逆教に立たされても臆することなく、前向きに向かってゆくポジティブな姿勢がこそが、今後の日本の在り方を世界に知らしめてくれた戦いぶりだった。

 これからは経験したことのない災害や不況も来るだろうし、ウクライナのように他国からの侵略の危機にさらされることもあろう。とりわけ政治家の皆さんには、英知を結集して、最善を尽くすよう努力をしていただきたいと思う。

 
posted by あうる at 10:42| Comment(0) | 来し方行く末

2022年12月20日

偉大なリーダーたち。

 偉大なリーダーの方々が人生について語っている言葉には、共通したものがある。「人生は冥途までの暇つぶし」(今東光)、「人の一生は、重荷を負うて遠き道をゆくがごとし。急ぐべからず」(家康)「悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する」(フランスの哲学者アラン)「治にいて乱を忘れず」(松下幸之助)「悲観的に準備し、楽観的に対処せよ」(瀬島龍三)「利他の心」(稲盛和夫)等々。

 端的に言うと、「怠るな」だったり、「謙虚と感謝」だったり、「楽観的であれ」「悠然と構えろ」など思いつくままにあげつらってみても、それぞれ自戒を込め、自らを鼓舞する内容の言葉が多い。所謂、警句と言われる言葉には、ことの本質を突く場合が多い。

 師走も中を過ぎると、次年度の目標や標語を考える。「人生は言葉を模倣する」という警句があるように、説得力ある言葉に出会うと、いつしか自分の言葉となって、自分も感化され、人を動かすこともある。来年もまた、偉大なリーダもしくは思索家が放つ深い意味の言葉に出会いたいものである。

 
 
posted by あうる at 16:17| Comment(1) | 言葉

2022年12月15日

未来の予兆。

 1990年代に突入してから、これまでも都心・地方に限らず多くのデパートが統合、閉店に追いやられている。来年度もまた、1月には、渋谷東急百貨店本店営業終了、帯広に老舗藤丸百貨店等々地方の名だたる百貨店が店仕舞いをする。
 
 フランク永井の空前のヒット曲「有楽町で逢いましょう」は、かつてそごうデパートのコマーシャルソングでもあった、。流行ったのは所得倍増を掲げた池田隼人内閣の頃、昭和30年代半ばだ。
 
 その後も時代はめまぐるしく変わり、その後一世を風靡したダイエイもヤオハン、ニチイ等、ビックな小売企業は、瞬く間に消え去った。40年ほど前に「北海道物産展」の礎を築いた各地のそごうデパートや地元のデパートも時代の勢いには勝てない。

 更に2000年代には、デジタル技術の進行により、店舗を持たないカタログ販売、ネットビジネスが出現し、リアルな小売業界を席巻する。50年ほど前にアメリカから営業権を買ってスタートしたコンビニは、人手不足、営業不振を理由に、ここ数年は影を落とし始めている。

 未来のことは誰に聞いても分からない。ドラッカーによると、分かっていることは「未来は分からないということと、未来は現在と違うということ」。「ただし、未来の予兆は、必ずどこかに存在する」そうである。

 

 



posted by あうる at 09:56| Comment(0) | 来し方行く末