2021年06月15日

忸怩たる思い。

 最近、このコロナ禍の中で二人の先輩が亡くなられた。心からお悔やみ申し上げたい。お一人は千歳でご商売をしながら、幾つかの文芸同人雑誌で活躍していた方だ。数多くの賞を受賞しており、人生の機微を描いた短編作品は、プロの作家として中央でも十分通用する方だった。ここ数年、闘病しながらも書き続けていたようだ。残念ながら、最近会う機会を逸したまま、逝ってしまった。70代後半だったであろうか・・・。心残りである。
 もうひと方は、同業社の大先輩である。若いころから会うたびに声をかけていただき、大変懐の深い方だった。仕事以外でのお付き合いも多かったが、いつも多岐にわたりお話を聞かせていただき、楽しく過ごさせていただいた。享年88歳である。ここしばらくお会いしていなかったが、急遽、訃報が入り、三々五々参拝者が訪れる中、焼香を上げさせていただき、お別れとさせていただいた。通夜は親類だけで執り行うという。合掌。
 私自身、ひと月前、若いころ世話になった義兄の葬儀にも出られぬまま、未だ慙愧の念に苛まれている。コロナか禍の下、「緊急事態宣言」で身動きが取れず、辛く苦しい想いをされている方々が、意外と多くおられることを実感している。
 コロナが収束するまでは、飲んで歌って楽しく過ごせないとの不満もあるが、医療崩壊で手術が延び延びになっておられる方や、家族や友人たちが見舞いにも行けない、葬儀にも出席できない等々、そんな人たちのやりきれない想いを、立場を変えて考えてみる必要もあると思う。
 
 

 
posted by あうる at 09:17| Comment(0) | 高齢者

2021年06月12日

街は疎の社会!?

 久しぶりに街に出た。勿論、不要不急ではない。「緊急事態宣言」のただ中、人も車も普段の半数以下。土日のデパートはすべて休業中だ。ただ食料品店、所謂デパ地下は営業中である。街中の大型店はおしなべて休業である。「疎の社会」だ。そんな中、用あって出かけたのだが、用を終えると脱兎の如く街を離れた。
 果たして「緊急事態宣言」は20日で終了するかどうか・・・・。感染者は全国的に減少気味だが、亡くなっている方は多い。あらゆる商売が厳しい状況にある中、コロナ禍ゆえに需要があり、繁盛しているビジネスもある。大小多くの企業は、苦戦しており、倒産、廃業の危機に瀕している企業もある。
 また感染当事者として生死を彷徨っている方、そしてそのご家族もおられる。感染医療に関り、日夜休まる眠る暇もない医療関係者もおられるだろう。国会議員以外の政治家は、あまり表(マスコミ・報道)に出てこない。党派を超えて、地域の議員さんたちの個々の奮闘ぶりを見たいものだ。
 ワクチン接種が始まり、安堵感が広がりつつあるが、東京オリパラの開催には、依然として賛否両論がある。がしかし東京オリパラ開催は目前である。感染症対策分科会の尾見会長の発言の語調は、厳しさが増しているものの、政治家の多くは、医療知見者の警鐘に耳を貸さない。悪い予想は、当たらないほうがいいに決まっているが、生死がかかることに関して、決して丁半博打はできないだろう。さてさて、もうしばらく心配が絶えない日が続きそうである。
posted by あうる at 22:43| Comment(0) | 政治

2021年06月09日

コロナ後、新たな時代へ。

 コロナ禍で再認識させられた様々な問題。働き方改革の中で問われてきた「リアル・ライブ」がいいか、「デジタル・ネット」がいいかは、ケースバイケースだと思うが、コロナ禍ですっかり定着してしまった「三密」「ソーシャル・ディスタンス」というキーワードは、あらゆる商売(ビジネス)の形態を変えてしまった感もある。中には商売の存在理由まで問われ、苦悶の果てに店仕舞いする経営者(個人事業主に多いと思われる)がおられたり、コロナ後の時代に合ったビジネスとして新たな企業が出現したり、既存の企業の中にもにわかに業績を伸ばしたりするところもあるようだ。
 いずれにしても国の政策として最初に打ち出された「緊急事態宣言」。<不要不急の外出自粛>と<接待に絡む夜の飲食店の営業自粛>については、様々な波紋を引き起こした。自粛生活を促すことは、あらゆる経済活動の停滞を意味する。結果、あっちを立てれば、こっちが立たずの両立が難しいトレードオフの状況を作り出すことになった。
 寄せては返す感染者の増減に翻弄されながら、国は第3波感染者拡大を機に3度目の「緊急事態宣言」を発する。そもそも日本と欧米とは、歴史的な観点から様々な価値観の違いがある。欧米では、芸術・文化・教育・スポーツ等々の文化財的な消費は、生きるうえで必要欠くべからざるものとして受け入れられている。
 日本はコロナ禍のリーダーの発言を聞いている限り、物質的な消費が優先され、芸術文化等々は後回しという基本的な考え方が露呈したようだ。芸術文化等々は、日本のリーダーたちにとって、あくまでの生きるうえで2次的なものなのだろう。
 日本では「生きるためにサッカーは、必要ないんだ!」ということを再認識したと、ある日本代表のサッカー選手は、真顔で且つ、シニカルに言っていたことを思い出す。
 今回のコロナ禍で世界のリーダーが発する国民に対する声明の中で最も注目されたのは、ドイツのメルケル首相のスピーチである。メルケル首相の言葉の中にある「啓蒙の思想」を重視する内容が世界各国から賞賛された。さすがゲーテを生んだ国である。芸術文化等々は、当事者にとって「命」と同じくらい大事なものであるという事実を、我々は今一度、コロナ下での様々な論議から汲み取るらなくてはならないと思うのだが・・・・。
posted by あうる at 09:40| Comment(0) | 芸術・文化