2020年10月21日

Go to 紅葉狩り

 街路樹や近くの公園で一気に紅葉が始まった感がある。我が家の数少ない樹々も茜色に染まり、寂しい庭に彩を添えてくれる。春先から夏にかけて様々な満開の花びらを楽しみ、晩秋には紅葉や黄葉を楽しめる庭がいいと思うが、なかなかそうもいかない。時折、赤い実をつけるナナカマドが欲しいと思う。
 本来であれば、秋の夜長を読書で楽しむシーズンなのだが・・・。今年は年度当初からコロナ禍に翻弄され、多くの人たちが巣籠を余儀なくされた。ゴールデンウィークには、読書三昧という方も少なからずおられたと思う。 ここにきて「Go to travel, Go to eat」が世間を賑わせているようで、やはりアクティブな方は身体を動かし、モノを見て、美味しいものを食べる方に向かってゆくのが必然の原理なのであろう。どんな選択であれ、経済の活性化は必要なのである。
 つい最近まで、私の頭の中では「紅葉狩り」という概念は、すっかり消え失せていた。今度の休みでも、近くの名所を訪れてみようと思う。コロナの時代だからこそ、四季の移ろいに敏感でなければと、言い聞かせている今日この頃である。
 
 
posted by あうる at 10:54| Comment(0) | 四季折々

2020年10月13日

筒美京平氏の死

 稀代のヒットメーカーとして知られる筒美京平氏が10月7日に亡くなった。80歳だったそうだ。作曲家としては、V60年代後半から2010年代までの半世紀以上にわたる活動で、作品数は3000を超えるという。
 驚くべきは、そのヒット曲の多さだ。グループサウンドから始まりポップス調の当時としては、新しい曲を数多く手掛けており、日本レコド―ド大賞は「また会う日までと」(阿久悠・詞)と「魅せられて」(阿木燿子・詞)と新時代を代表する曲で、2度大賞を受賞している。
 作曲した作品のリストを見ると、’70年代、’80年代、’90年代の多くの新人歌手や外国人歌手が、氏の手掛けた曲で日の目を見たり、スターになったりしている。そのほとんどは、私が口ずさめる曲である。それだけ人口に膾炙した曲を作っているということだ。
 最近、‘70年代に私がよく聴いて心に残る歌(曲・詞)を口ずさむことが多くなってきたが、当時活躍していた方々は、80歳を超え、残念なことに、ここ数年で亡くなられた方も多い。今を尚、頑張っておられる団塊の世代の活躍は、私にとって大変心強い。コロナがあろうとなかろうと、是非とも創作活動(作曲・詞・唄)をできるだけ長く、続けていただきたい。
 
posted by あうる at 13:24| Comment(0) | 芸術・文化

2020年10月08日

振り返って見れば・・・。

 印刷業界に関わって40年以上経つと、お付き合いいただいた業界の重鎮の方々の中には、お亡くなりになった方も少なくない。入社時の'80年初めは、日本のGDPは依然として右肩上がりが続いており、斯界もご多分に漏れずその恩恵を一身に受けていた。確かに「印刷業は不況に強い」とか、「出版業に不況なし」とか言われていた時代だった。
 V80年代〜V90年代にかけて周年事業を行った企業の記念誌等々を眺めると、巻頭にあるカラーグラビアには、海外でのゴルフツアーの写真やその後の懇親会で、ワインを片手に笑顔で乾杯する経営者たちの若かりし頃の輝かしき姿を、チラホラ見ることができる。今では、決して目にすることはない昭和の古き良き時代(?)の名残なのであろうか・・・・。その後の目まぐるしい時代の変遷ぶりを思うと、何とも皮肉な痕跡のようにも思える。。
 個人的に振り返ると、記憶に残っている年は、やはり昭和天皇がご崩御された昭和64年(平成元年)、1989年で、わたしが39歳の頃だ。中西出版創業元年の年でもある。奇しくも懐かしく、輝かしい昭和時代の終焉を迎えた年だ。その後、平成の時代が始まり、平成4年(1992)のバブル崩壊後に、、昭和時代の負の遺産をかかえたロスト20年がもたらされた。
 さて、2020年(令和2年)は、コロナ禍による「東京オリパラ」の延期という歴史的汚点を残す年になった。昨年の暮れまで、誰もが予想だにできなかった「新型コロナウイルス」が世界中に広がっている。恐らく、年内そして来年も「記録的な」「歴史的な」等々の言葉で形容される事象が、世界のいたるところでで起きる可能性は充分ある。「自助・共助・公助」にあやかって、心の準備をしっかりしておく必要がある。
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posted by あうる at 08:24| Comment(0) | 事件