2020年07月13日

徳久広司の「北へ帰ろう」

 最近、コロナ禍の影響で、夜を家で過ごすことが多くなっている。BSで昭和の歌謡曲・演歌・フォーク・ポップス・ニューミュージック等で今もなお活躍している方々を招き、<輝いていた昭和の時代>を当時のヒット曲と知られざるエピソードで綴る番組がある。
 先月のBSで「名曲復活! 〜弾き語り 昭和のメロディー〜」を再放送で偶然見る機会を得た。かなりの人気番組のようで、パートワ1・パート2、再放送を含め何度か放映しているようだ。あらためて昭和のメロディーは多種多様であり、歌い手も千差万別であることを知った。
 私が観たのは、ほぼ私と同じ団塊の世代の作曲家である弦哲也、杉本真人、岡千愁、徳久広司諸氏が自作の名曲交換しながら各自ギターの弾き語りで歌う形式だった。この番組を観て、作曲家の中でも、最近亡くなられた船村徹氏に代表されるように、ギターの名手であり、歌い手としても歌唱力が豊かで、独特の節回しをもつ作曲家が如何に多いかということを再認識した。
 上記の作曲家の方々の弾き語りで熱唱する姿を観て、プロの歌手とは一味違うメロディーと詩の調和を感じた。やはり、出演した作曲家の皆さんが歌手出身者だったこともあり、作り手と歌い手の心境の一体感が、持ち歌のプロ歌手でも表現できない微妙な味を醸し出しているようだ。
 そもそも個々の潜在的資質に、その後の体験や時代背景が土壌となって、素晴らしい曲や歌い手が生まれる。作曲家や作詞家は、様々な想いをメロディーや歌詞に託す。更に優れた歌い手の感情移入が加わって、聴き手の心をとらえる。やはり「歌は心で唄う」に違いない。
 どの作曲家も皆素晴らしかったが、今回何曲か聴いた作曲家の弾き語りで、寡聞にして全く存知上げなかった作曲家・徳久広司氏の弾き語りは、私の心をつかんで離さなかった。寺内貫太郎一家2で挿入歌として流し役で唄った「北へ帰ろう」という曲。当時の記憶はないが、今の年代になると、格別に心に響く。その他、氏の原点でもある「さすらい」(小林旭)「思い出をありがとう」「ノラ」等々。数多くのいい曲を聴かせていただいた。
 政治ジャーナリストの田勢康弘氏をして、その後の様々なエピソードを経て、結果的にこの「北へ帰ろう」が日本の歌謡曲の流れを変える曲であると言わしめた。田勢康弘氏曰く「北」という言葉には、太陽に背を向けるとか、逃げるという意味もあるという。敗北、都落ち、等々、北に逃げる曲はどうやら絵になるようだ。
 最後に田勢康弘氏によると、<北へ向かう歌>の原点ともいえる曲は、「北帰行」(小林旭)、その完結は、「北の旅人」(石原裕次郎)だそうである。そういえば、行き詰まって厳寒の北海道に来られた作家たちも少なくない。蛇足になるが、徳久氏の師匠・小林亜星氏が詩曲を手掛けたレナウンのコマーシャル-シャルソング「ワンサカ娘」は、シルビーバルタンを起用したV60年代中期の画期的な曲だった。なんとも不思議な縁ですね!

posted by あうる at 12:11| Comment(0) | 事件