2020年06月09日

やはり何かおかしいですね!

 芸術・文化・音楽等々の公共施設が再開され、ようやく息を吹き返してきたようです。まだ街の活気は、コロナ前には戻っていませんが、それでも商店街の華であるデパートが再開し、商業施設は大方、新しいスタートを切りだしました。やはり気になるのは紅灯の巷です。
 日本だけじゃなく、世界中の人たちが思うことは一緒です。コロナの感染不安はあれど、経済活動を始めなければ生死にかかわるということで・・・・。世界中の人たちにとって、ドレード・オフというジレンマに打ち勝たなければならない気持ちは同じなんです。
 周囲には様々な職種の人がいて、多様な考え方の人がいます。私は、そもそも人の思考や営みを相対的に見ない方がいいと思っています。相手と比較して、誰よりも益し、誰よりも悪いという感覚で捉えていくと、日常生活が世知辛く、殺伐としてきます。生意気なようですが、日々少しずつ前向きになれる何かを発見できれば、それだけでもいいじゃないですか・・・・。
 私は常日ごろ、どんな仕事も不必要は仕事はないと思っています。東京では、このところ日増しに夜の接待を伴う仕事が、批判を受けております。どの職種の方々も皆、生活のために真面目にコロナ対策に取り組んでいると思います。商店街の店主の方が申しておりましたが、コロナ感染する前に生活苦で参ってしまうかもしれないと・・・・。これが商売人の本音です。
 売上がゼロ、50%〜90%ダウンのご商売はざらにありますが、中には言うまでもなく、全く報酬が下がっていない方もおられます。この格差は、一体何だろうね。世界中が緊急事態なんです。少し大げさですが、人類対コロナの戦争なんです。それにしても、この不自然な格差、やはり何かおかしいですね!
posted by あうる at 08:30| Comment(0) | 来し方行く末

2020年06月05日

社長の雑記帳


posted by あうる at 19:01| Comment(0) | 来し方行く末

スペイン風邪と画家キスリング

 南側の窓を開け、ドアを開け放ち、室内に風を通す。出勤して「いの一番」に私のする仕事である。ここ数カ月の私のルーティン・ワークになった。うっかりすると、書類が飛ばされたり、花瓶が倒れたり多少の粗相はあるが、このところ好天続きで、新緑の朝日の眩しさは気持ちがいい。風が少し強いのが玉に瑕。
 日中外の出ると真夏日に近い気温は、心が洗われるとしても、この時期のマスクは辛い。人ごみの中はともかく、比較的人の出の少ないところは、マスクを外すようにしている。外気に触れるところで密になるところは、限られているので、あまり杓子定規に考えることもないと思う。
 今は日差しがたっぷり差し込んだ部屋で、パソコンの前に座りながらメールのチェックをしたり、コロナ情報を確認している。大都市圏はそれぞれの事情もあり、様々な工夫をしているが、感染者数はなかなか思うように減少しない。そのことが経済の循環を更に遅らせてしまうのだから、決して他人事ではない。
 このコロナ混乱期に世界中で様々な問題も生じている。グローバル社会では情報の広がりを通して、国と国、国と人、人と人の問題がイデオロギーを超えて複雑に絡み合ってくる。情報そのものの真偽が問われている。国・団体・個人の利益のためのオルタナティブファクトが存在する。権威性は失われたのだろうか・・・。何故かしら芸術等の文化的活動の必要性を感じずにはいられない。
 100年前の「スペイン風邪(インフルエンザ)」は、第一次大戦最中に起きている。期間は1917年〜1920年の3年近く続いた。新聞以外の情報はほとんどない時代である。質の悪い風邪くらいの認識しかなかった時代だ。大戦の戦死者以上にスペイン風邪の死亡者が多く、ある意味では戦争終息のために発生した感染病だったという方もいるほどだ。日本で流行した3年間は、全国隅々まで感染が広がり、当時のこと調べた本によると、あまりにも悲惨な状況がうかがえる。
 先日、コロナ禍で閉館していた美術館等の公共施設が再開された。気分転換に道立近代美術館で開催しいる「キスリング展」に観に行ってきた。まずは入り口で検温。館内では三密を避け、入館者間の距離を置く徹底ぶり。周囲を気にすることもなく、じっくりパネルの説明文に目を通すことができ、幸運にも彼の生きた時代背景知ることができた。
 キスリングが活躍した時代は、スペイン風邪が大流行(1917〜1920年)の時期に重なる。加えて第一次大戦の真っ只中ということもあり、その前後に描かれていた女性モデルさんたちは、おしなべて無気力で物憂げな眼差しだった。
 陽気な性格のキスリングは、ユトリト、モジリアニらの多くの画家と交流も豊富だったそうだ。特に親交が深かったモジリアニとは、性格は真逆だが、人物画の画質に何処か共通したものを感じる。その後、第二次世界大戦がはじまり、ユダヤ人だったキスリングの苦悩の途は、言を俟たない。
posted by あうる at 12:30| Comment(0) | 芸術・文化