2019年06月09日

時計台コンサート

 昨日、友人の「時計台コンサート」に行ってきた。場所は文字通り時計台の2階にある小さな会場。100人程度の方々で会場は埋め尽くされる。開演が19:00と遅かったため、北一条通りの車の往来も少なく、スタート時に聞こえた救急サイレンの音以外は、大通公園周辺のよさこいソーラン祭りの喧騒は聞こえてこない。
 61歳でSDデビュー(高校時代からの友人でもある安田祐美さんのアレンジ等々の協力)してから間もなく9年目。その間、多くのコンサートを聴く機会があったが、山崎ハコ、安田祐美ご夫婦との共演があったり、今回は高校の後輩のギタ―やの女性フルート奏者の共演がコンサートを盛り上げていた。
 どうやら近々に新しいCDが発売されるようで、新曲「愛の調べ」「つばめ」の2曲が印象に残った。今でも話があれば全国の被災地会場を飛び回っているようで、古希間近にしてライブ活動を通して社会貢献をする場を持てる修ちゃんは、つくづく幸せ者だと思う。
 年に何度か友人たちとワイン会やゴルフ会でご一緒させてもらう。下戸でありながら、酒の場でもあのトークは止まることはない。とにかく年を感じさせないくらい楽しく、気のいい親父なのだ。まだまだ頑張ってもらいたい友人の一人である。
 コンサート終了後、21:00近くの大通公園はよさこいの熱気がさく裂しており、ススキも方面に向かうのも一苦労。地下鉄終点の福住はサザンのコンサート終了直後だったので、これまた老若男女が群れを成して地下鉄入り口に向かっていた。コンサートはつくづくミニライブがいいと感じて、帰途につきました。
 
posted by あうる at 16:37| Comment(0) | 交友

2019年06月06日

玉音放送

 先日、高校の友人から「昭和10年製造の真空管ラジオがあるんだけど、高校に寄贈してもらえんか?」との電話があり、学校に確認をしたところ、理事長のご好意で学校で寄贈を受けていただくことになった。
 その後、友人の会社までラジオを取りに行ってきた。音は甲高いが正確に聞き取れる。終戦直後、日本国民の大多数が、所謂、「玉音放送」(昭和20年8月15日)を聞いたラジオの一つである。
 80年以上の前のラジオを目の前にして、追体験でしか知らない私が、「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び・・・・・・」云々、昭和天皇のお言葉が聴こえてくるような錯覚を起こした。地面に伏して傾聴している国民の姿が、今も映像として残っている。
 私の父は海軍として出兵してたので、どこで聞いたか分からないが、母と姉と兄は札幌のどこかで「玉音放送」を聞いていたようだ。私が生まれたのはその4年後の1950年である。

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posted by あうる at 13:06| Comment(0) | 歴史

2019年06月02日

梅雨のない6月――。

 この時期、紅、黄、桃と庭一面を牡丹の花弁が埋め尽くしている。間もなく黒土をそれぞれの花弁の色が覆い、シャクヤクやアイリスが咲き始めると、我が家の小庭の持ち駒の花は出尽くし、最後に大トリ・カサブランカで夏の終わりを締めくくる。実は私自身、地味な草花であるが、気づいた時には庭のそこいらじゅうに拡がる素朴な宿根草が好きだ。
 この地に住んで35年になるが、我が身体が動く時期にもう少し庭に手を入れていたらと、悔いも残る年になったが・・・・、若い時はその年代に応じて慌ただしい日々を送っていたのだから致し方ない。
 先日沖縄では梅雨入り宣言され、今月に入り九州でも梅雨入りである。ここ2週間ほどで本州一帯は梅雨前線に覆われる。その間北海道では、梅雨のない新緑に時期にふさわしいイベントが目白押しである。
 かつて我々札幌っ子にとっては、北海道神宮祭(札幌祭り)が始まる6月中旬は、学校は半ドン、正月と同じくらい楽しみな時期だったのだが・・・。よさこいソーラン祭りが始まってからは、エンタメ性だけが強調される「よさこい」に主役の座を奪われて、伝統の荘厳さあふれる北海道神宮祭は、地味なお祭りになった感がある。
 道内外の観光客を含め100万人以上の観客を集める「よさこいソーラン祭り」は、今や雪まつりに次ぐ札幌の一大目玉イベントである。それにしても地元出身者から見ると、「よさこいソーラン祭り」が無国籍風フェスティバルのイメージを拭えない摩訶不思議なお祭りに映るのは私だけであろうか・・・・。
posted by あうる at 13:49| Comment(0) | 四季折々