2018年04月08日

Sさんの死

 4月の初めに親しくしていた友人Sさんが亡くなった。最後にやり取りしたメールを見ながら、様々なことが脳裏をよぎる。2年近くの闘病生活で心身への負担や打撃は、私の想像をはるかに超えていたと思う。にもかかわらず亡くなる直前まで弱音一つ吐かず、愚直なまでに誠実な生き様を貫いた方だった。
 2年前に制作会社を首尾よく閉店し、ようやく奥さんとゆっくりできると楽しみにしていた矢先だった。その数か月後に病魔に侵されていることが分かった。病状を報告してくれた時は、むしろ私のほうが動揺していた。それでもSさんは希望をもって前向きに治療され、その後も悲観的な話は一つだにしなかった。
 私は頻繁にSさんにお会いする機会もあり、会えばいつも後輩の私の話を嫌な顔もせずに聴いていただいた。別れしなには決まってエールを送っていただいた。亡くなる3日前にお会いしたが、結局何一つ恩返しができぬうちに逝ってしまった。その悔いは日々増幅する。
 通夜の儀でご住職が短いお話をされた。Sさんとはかなり親しい関係であったようで、お話しは珍しいくらい感傷的で心に残る内容だっあった。ご住職は、良寛(江戸後期の曹洞宗の僧侶で歌人)の辞世の句「散る桜 残る桜も散る桜」を引用された。同じ病を負っていた住職の心中は、さぞ複雑だったのであろうと思う。
 ご住職がSさんに語り掛けるように読んだ良寛の辞世の句「散る桜残る桜も・・・・・・」は、私にとってあらためて人生そのものを考えさせてくれる一句だ。実は、良寛のもう一つの辞世の句がある。それは「うらを見せおもてを見せて散るもみぢ」という句である。どうしてこんな句ができるのか・・・・。
 Sさん、心からお悔やみを申し上げたい。Sさんの旅行の土産話は、いづれ・・・。合掌 
   
posted by あうる at 15:29| Comment(0) | 来し方行く末