2016年01月30日

琴奨菊、優勝おめでとう!

 11月に北の湖理事長が急逝した。大鵬に次ぐ大横綱・北の湖の死は、道産子にとってかなりショックだった。’70年代、黄金の左と言われた学生横綱出身の輪島と輪湖時代を築いた憎たらしいほど強いと言われたのが、横綱・北の湖だ。亡くなってみて、あらためて北海道が誇る大横綱の一人であり、理事長だったことを痛感したしだいだ。
 年が明け、大相撲初場所は、大関・琴奨菊が日本出身力士として10年ぶりに優勝を果たした。カド番大関の常連とまで言われ、満身創痍の大関・琴奨菊はいつも悲壮感が漂うからか・・・、相撲ファンからは同情の声さえ聞こえていた。
 今場所こそ優勝!と場所ごとに期待されてきた大関・稀勢の里のふがいなさをよそに、角番脱出が精一杯の琴奨菊。何か物悲しげな印象だけが残る大関だった。大関昇進後の相撲振りは、勝負に賭ける力士にとっては、耐えがたき心境の連続だったと思う。
 その琴奨菊の初場所での快進撃は、別人のようだった。13日目に小中からのライバル豊ノ島に負けたとき、崩れるかもしれない・・・と危うんだが、その後の相撲はかえって気迫に満ちていた。千秋楽の大関・豪栄道戦は、思わず両手を挙げ「万歳!」を叫んでしまった。とにかくうれしい。日本人皆が喜びに慕った瞬間だったと思う。実は私の中では、まだその余韻が消えずに残っている。ありがとうね、琴奨菊!
posted by あうる at 13:13| Comment(0) | スポーツ

2016年01月29日

つれづれに。

 昨日でようやく新年交礼会が終わり、今年最後の「明けましておめでとうございます。」となった。かかりつけのお医者さまから度々イエローカードを出されながら、何とか休まず(?)に終えることができた。正直、かなりしんどかった。そういえば、つい先だって一つまた馬齢を重ねたばかり。
 思えば還暦を迎えたこき、体調に異変が起きた。その後65歳になった昨年は、様々な前駆症状が現れ始めて一年経過した。幸いT昨年から試みた炭水化物ダイエット効果もあって、1年余りで7sの減量となったのだが・・・・、決して手放しで喜ぶほど体力面で盤石ではない。むしろ食のバランスが崩れたような気がする。
 いずれにしても、体重が落ちると健康のバロメータ−である様々な検査数値が好転するというは、幻想にすぎないということが分かった。かといって以前のようなトレーニングは体に負担がかかるし、やはり日常的に歩くことが一番なのかもしれない。
 決算もほぼ終わり、慌ただしかった1月は明日で終わる。毎年のことだが、新年度の始まりは、弊社にとって1年で1番厳しい月なのである。明日の土曜は、最終日となる。さ〜て、気合を入れ直して、もうひと頑張りしなければ・・・・。
 
 
posted by あうる at 16:35| Comment(0) | 来し方行く末

2016年01月22日

古き良き時代――。

 久しぶりに友人宅を訪れると、その日は同世代のバンド仲間との練習日だった。友人の家はその昔、有名な政治家が住んでいた住宅とのこと。なかなかの大邸宅だ。どの部屋も間取りが広く、バンドの練習スペースとしては、最適の場所だ。
 同年代ばかりなので、話は共通の話題でもある小学校、中学校時代の懐かしい話から始まり、古き良き時代の札幌の街の話に行きつく。「三丁目の夕日」札幌版というところか・・・・。
 バンド経験者は一人ということで、正直レパートリの完成度はまだ低いと友人のO君は謙遜する。が、楽しそうに練習する風景は、眺めていてもほのぼのとしていい雰囲気だ。全員がリタイヤ組で、私と違い気ままな日常生活を謳歌している風(?)に見える。
 ’50年代の半ばから東京を中心に日本の高度成長が始まり、その後 ‘64東京オリンピックや'70年大阪万博開催に向けひたすら急速に加速して行き、'72年の冬季札幌オリンピックを迎える。その頃学生だった我々団塊の世代(1学年270万人×3学年)は、全共闘世代、フォーク世代の一翼を担い、大量生産・大量消費の時代へ――。

 「若者たち』(‘66年の人気テレビドラマの主題歌)

 ♪ 君の行く道は 果てしなく遠い なのになぜ、
  歯をくいしばり 君は行くのか そんなにしてまで

 ♪ 君の行く道は 希望へと続く 空にまた 
  日が昇るとき 若者はまた 歩き始める

 振り返ると豊かさとはほど遠い時代ではあったような気がするが、若者たちが中心の時代は、やはり活気があったと思う。いつの時代も若いということは、それだけで価値がある。その団塊の世代も全員65歳を超えた。今年成人を迎えた若者たちは、120万人だという。

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posted by あうる at 15:20| Comment(0) | '70年代